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特集【『家事労働ハラスメント』(竹信三恵子 著)】

『家事労働ハラスメント』(竹信三恵子 著)

2013年10月18日に、竹信三恵子さんの著書『家事労働ハラスメント』が岩波新書から出版されました。

これまで主に女性達が無償労働として引き受けてきた家事労働。
日本社会ではいまだに家事労働は無視され、これを担った人は社会で働く機会や時間を奪われてきました。
この「家事労働ハラスメント」をストップし、日本社会を変えていきましょう!といった内容になっています。

書籍のなかで「ワークライフバランスの壁」をテーマに、弊社代表が今のIT業界でなぜ女性が働きづらいのか
についてインタビューを受けた内容が載りましたので、ご紹介いたします。


家事労働ハラスメント(岩波新書)
著者 竹信三恵子
2013/10/18 発行

ワーク・ライフ・バランスの壁(47頁5行~51頁9行)

 グローバル化で、男性の仕事とされた製造業は賃金の安い海外へ出て行き、 アジア諸国の追い上げでシャープやパナソニックなど大手電機メーカーまでもが 大規模なリストラを行う時代になった。このように、男性の雇用は不安定化し 女性の稼ぎは重要性を増しているのに、家事を担う働き手を排除する日本の会社は 相変わらず多い。そんな中で世帯賃金を稼げなくなった多くの男性と、 家事・育児の担い手を嫌う会社の下で十分にカネを稼げない女性との組み合わせによる 新しい貧困化が進む。

 こうした状況に、疑問を感じている経営者がいないわけではない。IT会社「ウィルド」は、 東京・仲御徒町駅近くのビルの一角にオフィスを構える会社だ。オフィスでは、 大きな風船のようなボールに社員が腰かけ、机の上のパソコンに向かって作業している。 「ボールの上にバランスよく腰かけようとすると、姿勢が自然によくなって、長時間座り 続けることも防げるので、体にいいんです」と37歳になる大越賢治社長は笑った。 大越さんは、残業が当たり前といわれるIT業界で、残業を減らし、女性も働きやすい ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)経営を目指してきた。別々の会社で働いていた 若手技術者5人が集まり、「面白い仕事がしたい」と2006年に会社をつくった。 ワーク・ライフ・バランスを重視するのは創造的な仕事には健康的に楽しく働ける環境が 不可欠と考えたからだ。ボールに座っての作業も、その試みのひとつだ。

 社員は10人。うち4人は女性で、1人は幼い子どもを持ち、もう1人は育児休業をとっていて 近く復帰予定だ。子育て中の女性社員には、在宅ワークも認めている。そんな会社を目指した きっかけが、同業だった妻の退職だった。

 大学で2年後輩だった妻は、10年ほど前、難関を突破して大手電機メーカーの正社員の IT営業担当者として働き始めた。入社1年半で結婚し、妊娠した。

 妊娠5ヶ月の体でも、朝9時から午前2時まで仕事があった。先輩たちは、「妊娠しているんだから、 2時になったら帰っていいよ」と言った。妊娠しているのに午前2時、とは驚くが、一応は気を遣ってくれたのだった。

 会社の経営が悪かった時期だったことも影響したかもしれないが、深夜帰宅でもタクシー代は出ず、 残業代もでなかったという。これでは身体が危ないと、妻は働き続けることをあきらめ、退職した。 大手企業の正社員は恵まれていると思い込んでいる周囲は、「せっかく大手企業に正社員で入った のにすぐやめてしまうなんて」と非難めいた言葉を投げつけた。だが、子どもと母体の健康には代えられなかった。

 IT業界は、夜8時から平気でミーティングを行うことが珍しくない。「そういうものだ」という ことになっていて、やり方を変えてみようとだれも思わない。だが、数年前、たまたま ワーク・ライフ・バランスの講習会に出かけ、その考え方に共感した大越さんは、会社の働き方を変えようと考え始めた。

 そんな大越さんを阻んだのは、顧客企業の長時間労働体質だ。IT業界は、コンピュータのシステム 開発の一連の作業のうち、人手が必要な時期と、そうでない時期の落差が激しい。 このため、必要な人手が膨らむ段階だけ、いくつもの中小企業から技術者を調達してくる方式が 必要になる。システム開発を請け負う大手には下請けのための子会社があるが、この1次下請けが 2次、3次、4次、といくつもの下請け会社を介して人を集める多重構造が必要になる。 そこでは多様な会社から集めてくる人々が効率的に共同作業をするため、発注会社の標準に合わせる ことができる働き手が求められる。その「標準」となる条件のひとつが、なんと、「月50~60時間残業ができること」なのだ。

 「ウチの女性技術者は、短い労働時間でもパフォーマンスを上げられる優秀な人材」と売り込んでも、 「残業ができないと発注会社の「標準」に合わず、嫌われる」と人集めの企業から断られる。 加えて最近ではセキュリティーが厳しくなり、情報漏れがないよう、発注企業の社内で作業する ことも求められるようになった。在宅ワークで十分できる仕事なのに、こうした条件が壁になって 子育て女性は外されがちになる。技術的には在宅でもセキュリティーを保つことは可能だが、 発注企業はそこまで配慮してくれない。そんな中で子持ちの女性社員の仕事が減り、その結果、 女性の採用を渋るIT会社が増える。

 一方で、発注側の大手企業は、2007年に政府と労組、使用者の3者が「ワーク・ライフ・バランス 憲章に署名する」ブームの中で、自社の女性正社員だけは早く帰らせていたりする。 そうした企業のひとつがワーク・ライフ・バランス企業として表彰を受けたりしているのを見て、 大越さんは複雑な気持ちになることもある。そうした煩わしさを避けるため、大越さんは、 業務委託の仕事ではなく、直接、自社に発注されるシステム開発だけを受ける方向に切り替えた。 発注企業との間に何重にも会社が入ると、発注者と話し合いながら工夫を生かせる仕事もできなくなり、 言われたことをやるだけの部分的な仕事になりがちなことに、疑問もあった。 また、発注企業は、面倒の少ないベテラン技術者だけを求めるため、新人を育てる機会がなくなって しまうことも問題と感じていたからだ、目先の利益は多少減っても、納得のいく仕事をすることが 長い目で見て利益につながると、いまは自分に言い聞かせている。

  働き手に見合った働かせ方が工夫できれば、子育て社員なりの知恵が会社にプラスに働くことは 少なくない。大越さんのように、こうした効用に気づく経営者は、実はあちこちで生まれている。 これは明るい変化への兆しだ。だが、「子どもを抱えた社員=面倒な働き手」のイメージの下で 働く母親社員の切り捨て競争が繰り返されるこの社会で、この兆しを大きく育てていくには、 やはり、仕事と家事労働の両立を原則にした1日の労働時間の規制など、すべての企業を含めた 社会的規制の後押しが必要だ。大越さんの体験は、これを示している。